お侍様 小劇場

    “つれないあなたと秋の空” (お侍 番外編 69)
 


  十五夜、仲秋の名月を愛でる月見の習慣、
  実はの大元は、小芋の豊作を感謝する祭りだそうで。
  中国から平安の宮廷へ伝わり、
  その折から、ススキを飾り、歌を詠み、
  望月を愛でる宴になってしまったそうな。
  そんな清
(さや)けき宵も明け。
  外の空気がずんと澄み、いよいよの秋を実感した朝。
  何とはなく、気のせいかなと思う程度の肌合いで、
  隣人の態度が微妙に変わったような気がした……。


初対面の人は“え?外人さん?”との誤解をし、
少々腰が引けてしまうかもしれないほどに。
金髪碧眼、色白で細おもての玲瓏透徹な美形でおわす、
お隣りのシチさんこと、島田さんチの七郎次さん。
お年の頃は、三十路前の二十四、五か?
あ、いやいや、
確か大学を出てもうそろそろ十年は経とうかなんて仰せだったから、
そっか、もうそんなになられるか。
やや着やせして見えるしゅっとした長身でおいでで、
そのせいもあってのこと、いつまでもお若く見える…とはいえど。
一見いかにも欧州風な風貌と裏腹、
礼儀作法という意味のみならず、
腰を低く屈めることの多い、純和風の所作が様になる、
しっとり落ち着いた風情のする人でもあって。

  わたしにとってはとっても希少な、
  気の置けないお友達だったのにね。

滅多に遺漏のない手際でそりゃあ見事に、
男所帯の家事万端を受け持つ彼は、
家人以外へも人懐っこくて、目端の利くやさしいお人。
彼からすれば私なぞ、
いきなり隣りの同居人として現れた、
素性も判らぬ赤の他人だってのに。
微妙に機嫌が悪いとか、具合が悪いの、
どんなに隠しても察してしまい。
悪いのが具合の方ならば、
怯むことなく“ちゃんと休め”とか“滋養があるから食べなさい”とか、
至れり尽くせりの口と手を出してくれるし。
機嫌が傾しいでいるというよな場合でも、
事情(ワケ)を話してくれないかなぁ?と、
あの柔らかな印象のする、
するんとした端正なお顔をわずかほど曇らせて、
じいっとこっちを見ていたりするものだから。
ああ、こんなで居ちゃいかんいかんと、
自分で自分の頭をこつこつとこづいての反省し、
ご心配をおかけしましたと言って差し上げたくなるような。

  わしわしと人の領分へ踏み込んで来る、
  所謂“おせっかい”というのとも微妙に違う。
  人の痛みがよくよく判るがため、
  拾ってしまうと つい放っておけない気性をなさっておいでの、
  それは優しいお隣りさん。

遠い昔 人間関係に懲りたことから、
あんまり人とは関わりを持ちたくないとする私だったはずが。
いつの間にか、
そのお人が…ふいと視線を外しの、
こちらを避けるような素振りをほんの微かにでも見せただけで。
いつまでも気になって、
胸底にちりちりした“いらえ”となって居残るような、
そんなまで思い入れてたのだと思い知らされるような、
浅からぬ親しみを持つようになっていたとは。
そんな身にしたお人の素振り、
つれなくなるとは恨めしいと思うのは、
こちらの身勝手というものだろか……?




     ◇◇◇


知らぬうちから余程のこと気に掛かっていたものか、
朝食の場で、珍しくもトーストを齧っていたり、
プラスとマイナスを間違えていると気づかずに、
同じドライバーでずっとずっと回せぬネジをつついていたり。
ゴロさんに言わせると、
始まりを辿れば昨夜から、
何だか様子がおかしい自分だったらしくって。

 「トースト…。」
 「ああ。いつもなら自分は断固“飯”を食うものが、
  何故だか今朝は二人分を焼いて、自分も食っておったぞ?」

しかも、そこは譲れぬものか、海苔の佃煮をぬっておったがと、
微妙にしょっぱそうなお顔をされてしまい、

 「〜〜〜〜。」

いやいや、美味しいという人もいるのでしょうが、
ただでさえパンはこの何年も口にしていない私です。
それってどんな味がしたのでしょうかと、
自分で自分に訊きたくなったほどの、それってやっぱり立派な奇行。
ほれ、そこへはこれではないかと、
マイナスのドライバーを手渡されつつ、
そこまで惚けていたものかと、
あらためて思い知らされて。

 “これって何だか…。”

憧れてたお人にその恋心がばれてしまい、
しかも大っぴらに邪険にされたんじゃあなく、
そおっとながら迷惑そうにされたのへ。
相手のそんな気遣いが却って手痛いと、
傷心しているナイーブな青少年のようではありませぬかと。

 “うあ、何て即妙な喩えでしょうか。”

具体的なパターンとした途端に、
尚のこと現実味を帯びてしまっての、
重みを増してのしかかってくるから始末に終えぬ。
いえいえ、私の場合は勿論のこと、
そんなややこしい懸想をしているわけじゃあないのではありますが。
ああそれでも、
ただの仲良しさん以上に大切に想ってたお人ではあったらしいなとの、
再確認をさせられたような気がして。
胸の奥がきゅうと締めつけられてしまい、
項垂れたうなじがずんと重い。

 「……。」
 「どうしたのだ、ヘイさん。」

注文受けての作業中は、微熱があろうが外では台風が荒れ狂っていようが、
何より優先して仕事へ集中する私が。
様子がおかしいとの指摘へ、
そんなこたぁありませんと誤魔化しもせずの、
肩を落としてどこかふにゅんと萎れていたので。
これは思ったより重症だと、ゴロさんへも気づかせてしまったらしい。

 「もしかして風邪でも拾うたか?」
 「いえ、そういうワケでは…。」
 「だがのぉ。
  そういえば、シチさんも何だか様子がおかしかったし。」

   ………………はい?

はあ そうですか…と聞き流しかけて、え?と顔を上げて見せれば。
男臭いお顔が微妙に“おっ”という表情を滲ませつつ、
こちらが関心寄せたこと、焦らしもせずの伝えて下さり。

 「ずんと ささやかな兆候だったらしくての。
  勘兵衛殿でも気づかなんだそれへ、久蔵殿がそりゃあ案じて。
  さっきも庭に立ち尽くしていたらしいのを、
  早く家へ入れと引っ張り込んでおったのだが。」

それもまた、お隣りさんの相変わらずな相性のようなもの。
勘兵衛殿が至らないというのではなかろうが、
きっと気取られぬようにとシチさんが気を張っておいでなのだろうな。
それが緩んだ隙を久蔵殿が見逃さぬという、よう出来た間柄で…と、
ついさっき見かけたものならしい、
隣家の朝の一景の話を持ち出したゴロさんで。

 「それって…。」
 「? 久蔵殿へは何でもないとかぶりを振っておられたが、
  こちらに気づくとそそくさと、顔を背けてしまわれての。」

まま、他所様の居間を見遣っておったこちらも悪いので、
しまったしまったと退散して来たのだが。
ゴロさんはそんな言いようをして頭を掻いて見せたけど。
あのシチさんならそんな時、ちょっことでも会釈を返してはなかったか。

 “ゴロさんへも?”

あれれぇ?
それに、庭先でぼんやりと立ち尽くしていたっていうのは…、
わたしと目が合いかけて、
ハッとし、そっぽを向いたのと同じ位置じゃあないかしら。
あれは確か一昨日の夕方で、
出先から戻ったばかりなゴロさんと、
生垣越しに何かしら話してらしたところに私が通りかかって……。

 「……ゴロさん。アロワナのみいちゃんへ、ご飯あげましたか?」
 「お? あ、そうそう。うっかり忘れておった。」

しまったぬかったと大きな手を打ち、
そのまま居間へ戻りかかったゴロさんの、
大きな背中をくるむ枯れ草色のセーターを、
はっしと素早く掴んでのそのまま、
これでもか…との逆三角になるほど、
ぎゅうぎゅうと引っ張って引き留めて。

 「ヘイさん、凧揚げか?」
 「似てますけど違います。」

そうかそうか、それかと、
やっとのことで想いが至った。

 「…ゴロさん、シチさんにみいちゃんの話をしましたか?」
 「おお、したぞ。」

頼もしいまでに器量の尋が深いゴロさんは、
そのお知り合いも、老若男女の隔てなくの沢山おいで。
物心付かぬうちからという付き合いの幼なじみから、
つい最近出先で意気投合した女子高生までと、
びっくりするようなお相手もいるそんな中、

 「知り合いが1カ月ほど家を空けるというので預かった魚で、
  元からそういう生態か、それとも飼い主が甘やかしたか、
  生き餌しか食べないので仕方なくと……。」

 「……それだ、それですよ。」



      ◇◇◇


 「…シチさん。」
 「え? あ…。」

お庭もそろそろ秋から冬への模様替えの時期で、
先の月末から小鉢の入れ替えを始めてらしたお隣さん。
それが、昨日からはあんまりお庭に出て来なくなっていらしたので、
ああこれはやっぱりと、
ごめんなさいとの意思表示、
眉を下げて見せつつ、声をかけて来たのが平八で。

 「えと、あの…。」

久蔵はもう学校へと出ただろう時刻。
わざとに居間を覗き込んで、見えた姿へと声をかければ、
これからはさすがに逃れ得なかったか、
微妙に渋々と大窓を開けて見せたのへ、

 「大丈夫ですよ。妙な生き餌は取り揃えていません。」

はっきりくっきりとした言いようで、
ずばりとお声をかけたれば。

  「あ………。/////////」

ははぁんと思い当たった途端に、肩や胸元が一気に軽くなるから現金なもの。
そんなだった自分と同じく、ほわんと肩から力が抜けた七郎次らしいと、
お互い様な反応だったので すぐにも読めた平八で。

 “ゴロさんたら、選りにも選ってシチさんへ何て話を振ってますか。”

アロワナという大きなお魚は、
大きなものほど餌も合成の飼料ではおっつかないそうで。
ペットショップで売っている、生きた餌をば用意しといてやらねばならぬ。
普通一般にはコオロギなどがメジャーだが、
そういう生き餌用に品種改良された“フルーツゴ○ブリ”というのがいると、
そんな話題をちらっと、このお隣りさんへ零してしまったゴロさんで。
ただでさえ“黒いあいつ”が苦手な御仁。
お家のどこぞかで遭遇してか、すっかり竦み上がってしまったの、
勘兵衛さんがそりゃあ案じて、その懐ろへと抱き込めていたり。
はたまた、久蔵さんが自ら懐ろ猫のようになっての身を寄せて、
きゅううんと目元潤ませ、見上げて宥めていらしたり。
昼日中であることも厭わずの、
手厚いお手当てぶりを発揮なさるのも頷けるほど。
それはそれは怖がっておいでのアレが、
もしかしてもしかしたら、隣家へ大量に備蓄されているんじゃなかろうかと。
そうと先走っての案じてしまわれてたらしくって。
他には何ひとつ苦手がないシチさんですもの、
唯一の苦手へと度を超すほどに敏感でおいででも、それはそれで仕方がない。


  「……気づかれてましたか、すいません。」

  「いいえ、
   わたしの方こそゴロさんに注意しておかなくて。
   落ち着けない想いをなさってたことでしょうね。
   悪気があってのことじゃあないので、許してあげてくださいな。」


とんだことが原因のぎこちなさ。
あんな虫が原因で、しかもしかも覚えもないのに、
秋の涼しさが齎
(もたら)した隙間風、
そのままとんだ衝立
(ついたて)にならなんでよかったと。
年甲斐もないことでと、はにかむように笑った美人さんを前にして、
実はこちらこそと、心の中で胸元ぎゅうと押さえてしまったほどに、
深々と安堵の吐息を零したエンジニアさんだったそうでございます。





  〜Fine〜  09.10.04.


  *誤解が解けた二人なのを祝い、
   背景を意味なく派手にしてみました。
(おいおい・笑)

   拍手お礼に挙げようかと思ったのですが、
   憎いあいつの話ばかりが続くことになってしまうので、
   ではではと こちらへ。
   日記でも触れておりましたが、
   アロワナなどの大型魚の生き餌用にと、
   コオロギのお隣りで“コレ”が売られていた…というお話を
   某Y様から伺いまして。
   正式名称は
   “マダガスカル オオゴ○ブリ”とかいうそうです。
   餌への食いつきが悪いとか、
   元気がなくなったときにやると良いそうですが。
   ………う〜ん、どんな強壮剤。
(苦笑)

   これ以上は、シチさんが悲鳴上げてサイトから出てってしまいそうなので、
   ウチでは語れません。
   関心が出た方は どうかご自分で検索なさって下さいませ。
   ただ、もしもそんな生餌をゴロさんが買い求めてなさったならば、
   久蔵さんがこれ幸いと、シチさんを木曽まで疎開させたかもですね。
   「木曽はもうずんと冷え込んでいるようなので、
    あのようなものも出て来ぬ」とか言って。
(ホンマか?)
   片やの駿河は暖かいので、勘兵衛様、分が悪いぞ、どうなさる?


めーるふぉーむvv
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